ウィンストン・セット・アウン博士は、ティラワ経済特区の設立当初から委員長を務め、日本の経済産業省(METI)、国際協力機構(JICA)、ならびに住友商事、三菱商事、丸紅などの主要な日本企業と緊密に連携し、同経済特区の開発および本格稼働を主導した。ティラワ経済特区は、その後、ミャンマーで最も成功した経済特区の一つとなり、同国におけるモデル経済特区として位置づけられている。
ミャンマー中央銀行副総裁として、セット・アウン博士は銀行セクターの自由化を開始する上で中心的な役割を果たした。その主要な取り組みの一つとして、外国銀行13行の支店開設を実現し、約60年ぶりにミャンマーの銀行セクターを外国銀行に開放する歴史的な改革に貢献した。
省庁横断調達委員会の委員長および国家計画・経済開発副大臣として、ミャンマーの通信セクターにおける初の国際基準に基づく競争入札プロセスを主導した。90社を超える海外からの応募企業の中から、Telenor(ノルウェー)およびOoredoo(カタール)の2社を外国通信事業者として選定するプロセスを成功に導いた。
プロジェクト・ディレクターおよびミャンマー中央銀行副総裁として、JICAとの協力のもと、同国初のリアルタイム電子決済システム「CBM-NET」の開発を主導した。同システムの導入により、即時グロス決済(Real-Time Gross Settlement: RTGS)システム、機械化された小切手決済システム、電子会計システムなど、ミャンマーの金融システムを支える重要なインフラが整備された。
NLD政権下で計画・財務副大臣として、セット・アウン博士は、ミャンマー初の戦略的かつ成果重視型の国家開発枠組みである「ミャンマー持続可能な開発計画(Myanmar Sustainable Development Plan: MSDP)」の策定を主導した。同計画では、SMART(Specific:具体的、Measurable:測定可能、Achievable:達成可能、Relevant:適切、Time-bound:期限が明確)の考え方を取り入れ、従来のセクター別計画を戦略的かつ成果重視型の計画体系へと転換した。
その後、新型コロナウイルス感染症による経済的影響への対応として、「COVID-19経済救済計画(COVID-19 Economic Relief Plan: CERP)」および「ミャンマー経済復興・強靱化計画(Myanmar Economic Recovery and Resilience Plan: MERRP)」など、主要な国家レベルの対応枠組みの策定も主導した。
USDP政権およびNLD政権の双方において、セット・アウン博士は主要な政策改革の立案・推進に中心的な役割を果たした。これには、国有企業の法人化およびエクイタイゼーション、官民連携(Public-Private Partnership: PPP)の枠組みの整備、さらに「Project Bank」(投資可能なプロジェクトを一元的に管理する仕組み)や「Land Bank」(国有地および国有資産に関する全国データベース)など、国家レベルの制度・システムの構築が含まれる。
国家顧問ドー・アウン・サン・スー・チー氏が議長を務める開発援助調整ユニット(Development Assistance Coordination Unit: DACU)の事務局長として、ミャンマーの「開発援助政策(Development Assistance Policy: DAP)」の策定において中心的な役割を果たし、国際開発協力の調整および有効性の向上に貢献した。